大宮駅14番線で発車を待つE8系J5編成のつばさ94号上野行き案内表示です。
![]() | 山形 | 19:03 | ― | (つばさ94号) | → | 21:34 | 上野 |
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![]() | 印旛日本医大 | ①11:32 | ― | (1128H) | → | 11:36① | 印西牧の原 |
津山線の普通列車は、基本的に岡山駅〜津山駅間の全線を通して運転されますが、 早朝時間帯には福渡駅発着の区間列車が設定されています。これは、岡山御津高校への通学列車としての位置付けがあります。
岡山御津高校の最寄り駅の金川駅に8時11分に到着するダイヤで、徒歩10分の距離にある高校の始業時間は8時30分です。なんと絶妙な時間設定でしょう。
金川駅で折り返すことも可能ではありますが、福渡駅は3線構造で、この列車に何かトラブルがあっても、別の列車に迷惑をかけることがありません。そのため、現在でも運転上の拠点として 機能しており、早朝の区間列車の終点として選ばれていると考えられます。
津山線では、昔から岡山〜津山間の全線を通す列車に加えて、福渡や金川などを終点とする 区間列車が設定されてきました。福渡駅は、蒸気機関車時代から給水・滞泊設備を持つ拠点駅であり、 運転上の中継点として重要な役割を果たしてきました。その流れの中で、福渡発着の区間列車が 少しずつ整備されていったと考えられます。
現在のような「早朝に福渡行きが1本だけ」という形は、国鉄末期〜JR初期にかけての ダイヤ合理化やCTC化、気動車運用の見直しの中で、通勤・通学需要と車両運用を両立させる 区間列車として定着していったものと推測されます。2006年3月18日ダイヤ改正で、金川行きの定期列車は廃止され、区間列車は福渡行きだけになってしまいました。
津山線沿線は、久米南町や建部地区などを含めて人口減少が進んでおり、 将来的に列車本数の見直しが行われる可能性は十分にあります。その中で、 早朝の「福渡行き」が対象になる可能性も否定はできません。
ただし、福渡駅は岡山〜津山間の中間拠点であり、乗車人員も沿線の中では比較的多い駅です。 また、福渡発着の区間列車は、通勤・通学需要と車両運用の両面で役割を持っているため、 単純に「利用者が減ったからすぐ廃止」という判断にはなりにくいと考えられます。 今後、津山線全体のダイヤ見直しや快速「ことぶき」と普通列車のバランス調整が行われる中で、 福渡行きの時間帯や本数が変更される可能性はありますが、完全に消滅するかどうかは、 沿線自治体の働きかけや利用状況次第と言えます。
ですので、「福渡行き」が将来廃止される可能性はゼロではありませんが、 現時点では通勤・通学と運用上の拠点という役割を持つ列車として、 まだ一定の存在意義があると考えられます。
![]() | 岡山 | ⑨7:32― | (2924D) | →8:27 | 福渡 |
![]() | 京都 | 8:44 | ― | (153C) | → | 10:32 | 須磨 |
![]() | 京都 | 8:57 | ― | (155C) | → | 10:46 | 須磨 |
![]() | 新三田 | 5:03 | ― | (4514M) | → | 6:48 | 松井山手 |
![]() | 西明石 | 7:33 | ― | (4554C) | → | 9:49 | 松井山手 |
かつての拠点だった長尾駅に、なぜ今も絶妙な本数(うちJR宝塚線新三田発が平日朝2本)の普通列車が残されているのかには、朝ラッシュ時の区間需要の穴埋めと松井山手駅の容量不足という現実的な理由があります。
朝ラッシュ時の学研都市線上りは、京都府境を越えた「四条畷〜長尾」の区間で沿線人口が急増し、混雑が激化します。松井山手方面からの直通列車だけでは車内のキャパシティが足りなくなるため、大阪・宝塚線方面からの各駅停車を「四条畷」のさらに先にある「長尾」まで突っ込ませることで、最大需要区間の受け皿を増やしています。
「隣の松井山手駅まで営業運転すればいいのでは」と思われがちですが、朝ラッシュ時の松井山手駅の引き上げ線(折り返し用線路)は、当駅始発の快速や区間快速の作業で完全にダイヤが飽和しています。そこで、国鉄時代のターミナルだった名残で今も折り返し配線が維持されている長尾駅をあえて終着駅として活用し、手前で綺麗に折り返させる手法がとられています。
現在でこそ超レア系統ですが、国鉄時代からJR初期にかけて、長尾駅は片町線の名実ともに「主役」でした。
● 「電化」と「非電化」の壁(〜1989年)
1989(平成元)年3月まで、片町線は「片町〜長尾間が複線電化(通勤電車)」、「長尾〜木津間が単線非電化(気動車)」と、長尾駅を境に運行形態が完全に分断されていました。大阪方面からの通勤電車はほぼすべてが「長尾行き」として終着を迎えるのが大原則でした。
● 松井山手への主役交代(1997年〜)
1989年の全線電化、精度向上のためのJR東西線開業(1997年)に合わせて「松井山手駅」に大規模な車庫(留置線)が完成したことで、折り返し機能の主役は長尾駅から松井山手駅へと移り変わり、日中の長尾行きは一度姿を消しました。
一度は激減した長尾行きですが、2010年から2015年にかけての約5年間、昼間時間帯に15分間隔(毎時4本)で大量発生する定番系統として奇跡の復活を遂げていました。この激変の裏には、学研都市線の設備進化に伴う過渡期のドラマがありました。
それまで長尾駅より先はホームが4両分しかなく、7両編成の快速は手前の京田辺駅で増解結(切り離し)を強いられていました。しかし、2010年3月のダイヤ改正で全線の7両対応化が完了。これにより、日中の「快速」を一気に木津駅までロングラン直通させることが可能になりました。
快速を遠くまで直通させる分、各駅停車の「普通」の運行区間を適正化する必要が生じました。そこで、ベッドタウンとして乗客数が多く、国鉄時代からの折り返し設備がそのまま残っている長尾駅が終着駅として再指定されました。
これにより、日中は「快速:木津行き」と「普通:長尾行き」が交互にやってくるという、往年のファンを唸らせるダイヤが完成しました。
この大量復活劇は、2015年3月14日のダイヤ改正で幕を閉じます。JR西日本がさらなる効率化を求め、日中の快速を一斉に「区間快速」へ変更したためです。区間快速は四条畷駅から先が各駅停車になるため、普通の役割を完全に兼ねることができ、並行する普通長尾行きは不要となりました。日中の各駅停車はすべて手前の四条畷駅折り返しに引き下げられ、長尾駅の日中折り返しは再び歴史の闇へと消えていきました。
![]() | 西明石 | 13:16 | ― | (4636C) | → | 15:29 | 長尾 |